萩市須佐町の高山斑れい岩の黄銅鉱や斑銅鉱などの銅硫化鉱物に富む岩相中の黄銅鉱に包有されて日本新産フレッチャー鉱を発見したので,その概略について記述する。
フレッチャー鉱はリンネ鉱族鉱物(M3S4)であり,類似鉱物としてカロール鉱が知られている。カロール鉱がCo>NiでCu(Co,Ni)2S4に対して,逆にNi>Coの鉱物がフレッチャー鉱:Cu(Ni,Co)2S4である。カロール鉱は我が国では黒鉱鉱床や層状含銅硫化鉄鉱鉱床などからの産出が報告されている(Ito et al., 1973; Tatsumi et al., 1975;浦島他,1976;山岡他,1983)が,本鉱物の産出はまだ知られていない。
フレッチャー鉱を含む岩石の研磨薄片写真は下図Aのようで,不透明鉱物のモード分析値は7.3%程度である。不透明鉱物の多くは含バナジウム磁鉄鉱であるが,不透明鉱物量の約20%は黄銅鉱や斑銅鉱などの銅硫化鉱物であり,岩石の全岩分析は行っていないが,かなりのCuを含んでいると考えられる。
黄銅鉱および斑銅鉱は0.1~2mm程度の肉眼的大きさで,珪酸塩鉱物や磁鉄鉱,チタン鉄鉱の粒間を充填して不定形を呈して産する。普通斑銅鉱は非常に微細な黄銅鉱葉片を含み初生的には斑銅鉱固溶体として晶出したものと考えられる。また,黄銅鉱も時に斑銅鉱葉片を含み,黄銅鉱固溶体として生成したものと推察される。
これらの硫化鉱物の晶出時には周囲の珪酸塩鉱物はほとんど変質していないことや,時には黒雲母が銅硫化鉱物の周囲を囲んで産出することなどから,岩石生成後の熱水作用でなく,斑れい岩の結晶分化作用の後期に残液から直接晶出したものと考えられる。このような現象より上記硫化鉱物は正岩奬鉱床の生成と同じような環境であったと推定される。
フレッチャー鉱(fl)は上記のような銅硫化鉱物のうち普通粒状を呈して黄銅鉱に包有されて認められた(B)。時には斑銅鉱とも共生する。斑銅鉱は二次的に銅藍(cv)により交代され,その境界部に方輝銅鉱(dg)が認められる。
フレッチャー鉱の反射顕微鏡写真は下図のようで,黄銅鉱に比し,白色でかつ均質で明るく両者は容易に区別できる(A)。とくに多色性は認められない。十字ニコル下では弱い異方性が認められる(B)。
フレッチャー鉱を含む部分の反射電子線(BSE)像は下図A,Bのようで,フレッシャー鉱(fl)と黄銅鉱(cp)との区別は比較的難しい。BSE像では鏡下で均質に見えたフレッチャー鉱に僅かに濃淡が見られ,若干組成差があると予想される(B)。
EPMAによる定量分析結果の一部を下表に示している。
高山産フレッチャー鉱のCu:(Ni+Co+Fe)比は下図のようで,図には比較のため元記載のVibrnum(Craig & Carpenter,1977)とKalgoorlie(Oswald,1985)産フレッチャー鉱のデータを示している。全体的に見てCu⇔Ni+Co+Feの置換が認められる。Cuの値は2.0~0.5迄変化し,フレッチャー鉱の組成式はCu2-x(Ni,Co,Fe)1+xS4(x=0-1.5)で表される。
Ni:Co:Fe比を示せば下図の様で、ほとんどの分析値はNiに富むフレッチャー鉱の領域にプロットされる。上図と同じ文献の値も比較のために掲げている。
Wagner & Cook(1999)は主にカロール鉱の分析を行い,今まで報告された分析値と彼らの分析値から天然においてカロール鉱とフレッチャー鉱とは連続固溶体を形成していると結論づけている。高山産フレッチャー鉱は現在まで報告された値よりNiに富み,連続固溶体の存在を裏付けている。また,高山産フレッチャー鉱はKalgoorlie産のものと同様にFeに富む。
カロール鉱は日本では2~3の鉱山からの産出が報告されているが,フレッチャー鉱の産出は世界的にも非常に珍しく3~4か所でしか発見されているに過ぎなく,日本では最初に発見された鉱物である。
もし,Fe>(Ni+Co)の値を持つものが発見されれば新しい端成分(新鉱物)が考えられる。また,本来フレッチャー鉱は等軸晶系で異方性が無いはずであるが,本試料は弱いながら異方性が認められ,これらの点についても今後さらに検討して行く必要がある。
フレッチャー鉱の化学式はCu2-x(Ni,Co,Fe)1+xS4(x=0-1.5)で表され、従来の理想式Cu(Fe,Ni)2S4とは異なる。
(文責:北風嵐)