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【山口県産鉱物】 山口県櫻郷鉱山産デュルレ鉱(Cu31S16),方輝銅鉱(Cu9S5)および阿仁鉱(Cu7S4)について  

 デュルレ鉱や阿仁鉱は日本で最初に発見された鉱物であり(Morimoto, 1962; Morimoto et al., 1969),比較的低温で生成した浅熱水性鉱脈鉱床や黒鉱鉱床などからの産出は知られているが,産出例の少ない鉱物の一つである。今回比較的高温で生成したと考えられている,スカルン鉱床の一つである櫻郷鉱山からその産出を見出し,その化学組成や結晶学的データを得たので,その結果について述べる。
 櫻郷鉱山は山口県阿武郡阿東町に位置するスカスン鉱床である。鉱床は古生代(二畳紀)の石灰岩・粘板岩中またはそれらの界面に胚胎する高温交代型スカルン鉱床で,見掛上,下盤粘板岩と上盤石灰岩との界面に沿い,おおむね石灰岩を交代しみられる。
 鉱石鉱物は主として磁硫鉄鉱,黄銅鉱,閃亜鉛鉱,方鉛鉱,斑銅鉱,磁鉄鉱,黄鉄鉱,硫砒鉄鉱などを主として,自然蒼鉛,輝蒼鉛鉱,四面銅鉱,キューバ鉱,濃紅銀鉱,白鉄鉱などを伴う。
 デュルレ鉱,方輝銅鉱および阿仁鉱などの銅鉱物を含む鉱石は藪尻鉱床大平鉱体から産出した銅に富む鉱石中である。この鉱体は石灰岩中に貫入した,輝石ひん岩岩脈との接触部に発達した鉱体で,比較的銅に富む鉱石を産する。
 これらの鉱石は斑銅鉱に富み,黄銅鉱,方鉛鉱,閃亜鉛鉱,方輝銅鉱,阿仁鉱,ジュルレ鉱,ウィチヘン鉱などが産し,少量の硫砒鉄鉱,赤鉄鉱,輝蒼鉛鉱などを随伴する。上記の銅鉱物はお互いが密接に共生して,スカルン鉱物の粒間を充填して産する(#03707)。それらの産状の反射顕微鏡写真を下図に示している。

斑銅鉱を交代するジュルレ鉱,方輝銅鉱,阿仁鉱の反射顕微鏡写真(#03707)
斑銅鉱を交代するジュルレ鉱,方輝銅鉱,阿仁鉱の反射顕微鏡写真(#03707)
A,B:斑銅鉱(bn)を不規則に交代するジュルレ鉱(dj)と両者の境界に見られる方輝銅鉱(dg)。Wit:ウィチヘン鉱, cp:黄銅鉱。C:斑銅鉱(bn)を交代するジュルレ鉱(dj)と方輝銅鉱(dg)。両者を交代する阿仁鉱(anl)。D:ジュルレ鉱(dj)中に見られる葉片状に方輝銅鉱(dg)とジュルレ鉱を交代する阿仁鉱(anl)。

 ジュルレ鉱は普通斑銅鉱を不規則に交代して産する。しばしば両者の境界部に反応縁として方輝銅鉱が認められるが(A,B),これを欠く場合もある(C)。ジュルレ鉱は斑銅鉱は交代するが,ウィチヘン鉱との反応は認められない。方輝銅鉱葉片を含んだり,両者が複雑な葉片状組織を呈することもある(D)。方輝銅鉱は普通斑銅鉱を交代するジュルレ鉱と斑銅鉱の境界部に反応縁として認められるが(A,B),ジュルレ鉱中に葉片状をなしても産する。時にジュルレ鉱と葉片状に密雑に組み合う事もある(D)。
  ジュルレ鉱のEPMA分析値を下表に掲げている。Feは検出限界以下で,CuおよびSのみで有る。全元素を47とした時の化学式はCu30.98S16.04 で,理想式Cu31S16と良く一致している。

ジュルレ鉱のEPMA分析値
  1 2 3 4 5 平均値
重量%
Cu 80.11 80.01 79.44 79.8 79.34 79.74
Fe 0 0 0 0 0 0
S 20.89 20.99 20.78 20.85 20.76 20.85
Total 101 101 100.22 100.65 100.1 100.59
原子% 0
Cu 65.93 65.79 65.86 65.88 65.85 65.86
Fe 0 0 0 0 0 0
S 34.07 34.21 34.14 34.12 34.15 34.14
原子比(総原子数=47) 0
Cu 30.99 30.92 30.95 30.97 30.95 30.96
Fe 0 0 0 0 0 0
S 16.01 16.08 16.05 16.03 16.05 16.04

 方輝銅鉱のEPMA分析値は下表に示しているようで,常に微量のFeを含んでいる。時に微量のAgが検出される。全元素数を11とした時の組成式は(Cu6.89Fe0.11S4.00)で金属:硫黄比は7:4で理想式に近い。

方輝銅鉱のEPMA分析値
  1 2 3 4 5 6 7 平均値
重量%
Cu 75.54 76.58 76.47 76.95 77.89 77 77.53 76.85
Fe 2.02 1.59 1.21 1.05 0.81 0.57 0.47 0.77
Ag 0.08 0 0.17 0 0 0.11 0 0.05
S 22.44 22.53 22.61 22.46 22.51 22.45 22.55 22.51
Total 100.08 100.7 100.46 100.46 101.21 100.13 100.55 100.51
原子%
Cu 61.75 62.24 62.29 62.74 63.11 63.01 63.16 62.61
Fe 1.88 1.47 1.12 0.97 0.75 0.53 0.44 1.02
Ag 0.02 0 0.08 0 0 0.05 0 0.02
S 36.35 36.29 36.5 36.29 36.15 36.41 36.41 36.34
原子比(総原子数=11)
Cu 6.79 6.85 6.85 6.9 6.94 6.93 6.95 6.89
Fe 0.21 0.16 0.12 0.11 0.08 0.06 0.05 0.11
Ag 0 0 0.01 0 0 0.01 0 0
S 4 3.99 4.02 3.99 3.98 4 4 4

 阿仁鉱のEPMA分析値は下表の様で,Feは微量検出されるのみで,ほとんどCu及びSからなる。平均値の化学式はCu6.99S4.00で,理想式Cu7S4とほぼ一致している。

阿仁鉱のEPMA分析値
  1 2 3 4 5 平均値
重量%
Cu 77.89 77.95 77.79 78.15 78.03 77.96
Fe 0.05 0.02 0.03 0.06 0.03 0.04
S 22.51 22.46 22.41 22.8 22.46 22.53
Total 100.45 100.43 100.23 101.01 100.52 100.53
原子%
Cu 63.55 63.64 63.64 63.33 63.66 63.56
Fe 0.05 0.02 0.03 0.06 0.03 0.04
S 36.4 36.34 36.33 36.62 36.31 36.4
原子比(総原子数=11)
Cu 6.99 7 7 6.97 7 6.99
Fe 0.01 0 0 0.01 0 0
S 4 4 4 4.03 3.99 4

 ジュルレ鉱のX-線粉末回折データをガンドルフィ・カメラで得た。これらの値と指数からから最小自乗法で計算して求めた格子定数は下表のようで,合成ジュルレ鉱の値とほぼ一致している。

櫻郷鉱山産ジュルレ鉱の結晶学的データ
鉱物名   ジュルレ鉱 ジュルレ鉱
産地 櫻郷鉱山 合成物
文献   北風ほか(2012) Evans(1979)
化学式 Cu30.98S16.02 Cu31S16
結晶系 Monoclinic Monoclinic
空間群 P21/n P21/n
格子定数 a(Å) 26.902(5) 26.897(6)
b(Å) 15.740(5) 15.745(3)
c(Å) 13.570(4) 13.565(3)
β(°) 90.15 90.13(3)
体積 V(Å3 5750.8(5) 5749.25(5)

 阿仁鉱のX-線粉末回折データをガンドルフィ・カメラで得た。これらの値と指数からから最小自乗法で計算して求めた格子定数は下表のようで,阿仁鉱山産阿仁鉱や合成物の値とほぼ一致している。

櫻郷鉱山産阿仁鉱の結晶学的データ
鉱物   阿仁鉱 阿仁鉱 阿仁鉱
産地 櫻郷鉱山 阿仁鉱山 合成物
文献   北風ほか(2012) Koto & Morimoto(1970) Gronvold & Westrum(1980)
化学式 Cu6.99S4.00 Cu7S4 Cu7S4
結晶系 斜方 斜方 斜方
空間群 Pnma Pnma Pnma
格子定数 a(Å) 7.885(3) 7.89 7.887(10)
b(Å) 7.828(3) 7.84 7.826(7)
c(Å) 11.079(4) 11.01 11.08(>2)
体積 V(ÅA3 681.24(5) 681.05 683.9

 ジュルレ鉱,方輝銅鉱および阿仁鉱は斑銅鉱やウィチヘン鉱生成後に,かなり温度の低い環境で,銅成分に富む溶液が斑銅鉱を交代し,最初に方輝銅鉱が,その後にジュルレ鉱,最後に阿仁鉱が生成したものと考えられる。方輝銅鉱の組成はほぼMorimato & Gyoubu(1971)の求めた組成範囲にあり, 鉄に富む方輝銅鉱は87℃以下で安定であり(Grguric et al., 200),またジュルレ鉱や阿仁鉱はそれぞれ93および75℃以下の温度で安定で(Potter, 1977),これらの鉱物は鉱化作用の最末期非常に低温で生成したものと推察される。

  • Evans, H.T., Jr , 1979, The crystal structures of low chalcocite and djurleite. Zeits. Krist., 150, 299窶骭€320.
  • Gronvold, F. & Westrum, E.F.Jr. 1980, The anilite/low-digenite transition. Amer. Mineral., 65, 574-575.
  • Koto, K. and N. Morimoto (1970) Crystal structure of anilite. Acta crystallogr., 268, 915-924.
  • 北風 嵐・伊東洋典・小松隆一・渋谷五郎(2012)櫻郷鉱山産鉱石鉱物の研究(Ⅰ)。山口地学会誌,69,1-6
  • Grguric, B.A., Harrison, R.J. & Putnis, A., 2000, A revised phase diagram for the bornite-digenite join from in situ neutron diffraction and DSC experiments. experiments. Miner. Mag. 64, 213-231.

(文責:北風嵐)